一つ前のエントリの続き。
ウイーンの旅の後半。
ノイシュバンシュタイン城からウイーンに戻った後、日本人から引っ越してきたヴィオリストの引っ越しお手伝い。
こちらの家は、入居の時点で家具が一式揃えられている。
必ずしも新品ではないものの、そこらのウイークリーマンションよりずっと整ってる。
よして翌日はその引っ越してきたヴィオリストともう一人ウイーン国立音大のピアニスト学生も加わって、イタリアへ。全員日本人。やっぱり車移動。
下って下ってボローニャ。
19時過ぎに到着するも、予約サイトに掲載されていたホテルの住所が違っていてホテルに到着せず、同じ場所を雪の中2時間ほどさまよう。
やっと見つけて到着したときには気も心もヘトヘトで、「ここで食べよう」と思っていたレストランに行く気も起きず、ホテル近くのイタリアン。
そしてここは譲らずボロネーゼ。

これがうまい。
日本のそこらのボロネーゼ食べられなくなる。
あれ、牛肉の味、あまりしないじゃん。
ボロネーゼにはスパゲッティではなくてタリアテッレ。これ重要。
ホテルに戻って、翌朝町へ。

ボローニャ。

ボローニャ。

ボローニャ。
地元民向けの商店街へ。

八百屋。

魚屋。

ハム・チーズ屋

トンソク。

ひどく現実的な子供服屋

撮影者の水平が狂った、美術館の通路。

十字架。
そしてヴェネチアの根本のメンスレに移動。
ボローニャ ヴェネチア間は150Kmくらいなので、すぐ。
ヴェネチアの島の中のホテルは遠いので、橋を渡る前のメストレに泊まるのがおすすめ。

ホテルにおいてあった、これが何なのか、わからなかった。
プラスチック製。真ん中の高くなっている部分は分離できる。
あいにくの雨天だが、夜のベネチアに行ってみる。


ヴェネチアンガラスのオーケストラ。

クリスマスデコレーションも品がある。

晩飯は焼き魚。オリーブオイルと塩で焼いただけ。
翌日、幸運にも晴れたので船に乗って島々を散策。

どっかでみたイタリアのイメージっぽくなってきた。

普通の広場なのだけれど、満潮時は地面が水中に潜ってしまうので、折りたたみの台が通路に。

池ではなくて、広場です。

美術館をみて、外に出ると水が引いていた。


船に乗って、ヴェネチアンガラスのメッカ、ムラーノ島へ。

八百屋さんも、船。

ベネチアンガラスの実演はお休み中だった。残念。
非常に小さい島で、普通に歩けるのはなお限られた場所だけだったが、非常にたくさんのお店が並んでいて、ほとんどがベネチアンガラスやさんとレストラン。
ベネチアンガラス屋さんは、「お土産屋さん」ぽいのと「ガラス工芸屋さん」ぽいのがはっきりとわかれていて、おいてあるものも価格も全然違った。「お土産屋さん」っぽいお店の商品はほとんどが現地で作ってないらしい。
やっと暖かくなったので、いくつかガラス製品をお買い物。
その後、ウイーンに戻る。
翌日はクリスマス・イブ。
ウイーンのクリスマスは家族と過ごすための日で、お店もほとんどが24日の午前中で閉まってしまう。町も閑散。
午前中にスーパーで買い出しをして、イタリア旅メンバーでクリスマスパーティ。

オーブンで鳥を丸ごと一匹焼く、というヨーロッパらしい経験をした。
初体験。クラッシュにんにくと塩こしょうとオリーブオイルの味付けのみ。
買い出しに行った家主がテンションあがってなぜか「呪怨」のDVDを買ってきたので、パーティ後はみんなで鑑賞。
クリスマス・イブにウイーンで日本のホラー映画。なぜ・・・?
翌日25日はゆっくりと過ごす。
お店もどこもやってないしね。
中国人がやってる中華料理屋"Sapporo inn"はやってたので夜はそちらで。(写真なし)
翌26日、帰国。
最後のオーストリアでの食事。
こちらでメジャーなカツレツ(ウインナーシュニッツェル)

日本に着いたら、あまりに暖かく、また明るいのでびっくりした。
ウイーンはずっと曇天で暗く、16時すぎにはもう真っ暗になってしまうくらいだった。
日本の太陽を浴びて、かなりほっとした。
政治がぼろぼろでも社会がぼろぼろでもいろいろ足りなくても、この国にはこの太陽があればいいかな、とちょっとおもった。