助けはもう、来ないことを知っているの

大学の廊下
この寒い日に、廊下で論文を書いている女性がいる。
足元には寝袋を履いて、小さな机に資料とPCを置いて。
冷たい手をこすり合わせながら、ひたむきに書いている。

木枯らしの中のコーヒー屋
風がゴウゴウ音を立てて吹くコーヒー屋のテラスで、論文を読む男性がいる。
右手にタバコ、左手に熱いコーヒーを持って。
寒さに邪魔されないように、ひたすら論文を目で追い続ける。

休日のオフィス
誰もいない会社のオフィス、ひたすら台本を書く男性がいる。
無駄に明るい蛍光灯の下、コンビニで買ったオニギリを食べながら。
書いて、消して、書いて、消してを繰り返している。

この人たちは、もう助けが無いことを知っているのだろう。
ぬるい逃げ場を、たくさん作ることに専念するのではなくて、
真っ向に立ち向かって、自分の今を未来のためにつなげている。
昨日、今日、明日、あさって・・・はみんな5年先、10年先の何かに向かっていて、
1分1秒という点と点を結んで、一本の道をしっかりと作って、
ちゃんと道ができたことを確認しながら、また次に向かっている。
未来にあるもの。
そんなものは、もしも今日死んでしまえば、何もなくなってしまうのに、
それでも、その先を見つめて、そのために何かを我慢をすることができる。
その先は、1年や2年の先ではなくて、もっとずっと先のこと。
今日や明日が楽しいことよりも、もっと大きな「何か」を得ると信じている。

今日をとにかく楽しく、後悔なく生きることを考える。
今日はいつかにつながると想像して道を作って生きる。
どちらが正しいのか、

yayaにはわからない。

けれど、この3人を見て、魅力的で吸い寄せられたのは事実。
この人たちはきっと苦ではなくて、どこかしら快なんだろうとも思う。
そして、「助けは来ない」というのも事実。

今のyayaに必要なものは「ひとり」、かもしれない。
yayaにできる方法は、「ひとり」になること。
助けはもう来ないことをちゃんと理解するために、
「ひとり」になって考える。
この今を、この先を、どうやって過ごしていきたいのか。

shiroumi.jpg
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こんなふうがいい。
朝起きたら、こんな海にひとりぼっちだった。
寒くて、孤独で、何もなくて、誰もいなくて、
とにかくなんとかしないと、死んでしまいそう。
胃の中が空っぽで、そこに風が吹き込んで、
ヒュゥヒュゥ音を立てて、通り過ぎていく。
どうしていいのか、わからないけれど、
どうしていいのか、わかってくる。

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»tak@ さんのコメント

台本を書いている男に、助けがこなさそうなことは分かってました。
むしろオフィスでなく、自宅でやれ、と。

あと、その3人に「休日残業をやっても終わらない男」を加えておいてください。
えぇ、魅力はなくていいです。

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