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職人

風邪を引いて熱を出してしまった。
久々に一日部屋の中にいたのだけど、たまにはいいもんだな。
しかも、インフルエンザではなかったので一安心。
ひたすら本を読んで、眠って、食べて、たまに熱はかって過ごしました。
でも、やっぱり一日で十分みたい。もう満足。
もぉいいや....。

写真下に文を書いたんだけど、この商店街なかなか寂れ具合が凄い。
で、子供の頃から一つ気になることがあったのだけど、
バナナ屋さんっていうのがあったんだよね。
朝見ても、夕方見ても、バナナがドッサリ!!
それから私の家の前はバッテリー屋さんだった。
これって普通....なのかな?
ちなみに、バッテリー屋さんのおじさんは私が小学校の頃に亡くなって、
その家の裏にあった井戸に貞子が出るといういい加減な噂が広まった。
「この家には昔首吊り自殺をした女性がいたって?」とか聞かれるんだけど、
「いや、バッテリー屋さんのおじちゃんでした。」と答えるのだけど、
バッテリー屋さんと言っても、どうやら説得力がないらしい....。

ojii01.jpg
camera:minoltaα7 film:fuji iso100

仕事をしている姿、それは見た目だけでは伝えられない格好良さがある。
わたしの家の周りは、寂れた商店街になっている。
八百屋、魚屋、肉屋、米屋、豆腐屋、酒屋、たばこ屋はもちろんのこと、
金物屋、骨董屋、雨とい屋、小道具屋もまだ残っている。
そして、ここは昔、近くの海岸に材木が届く地域だったので材木座と呼ばれる。
そのせいか、材木屋、表具屋、建具屋、釘屋があちこちにある。

祖父の先祖も職人としてこの地にやってきた。
私の祖父は技術高校を卒業し、東京の芸術大学へ進学、
材木座の建具屋の弟子として働き始めた。
祖父のそのまた祖父の代から使われてきたすり減ったカンナは今も美しく光り、
それを研ぐための砥石は、レバーの表面ようにつるつるしている。
金づちには、今まで打ちつづけた年季が入っている。
私自身、物心ついた時には自分専用のノコギリとかんづちを持っていた。
朝から夕方まで、ひたすら釘を打っては抜くことにも飽きず、
大鋸屑を使っておままごとをしてきた。
決して触ってはいけない祖父のノコギリで材木を切り、
ぬるい日本茶をかけられ、怒鳴られたこともあった。

そして年月をかけて、馴染んできたこの作業場と道具たちは、
これらの想い出を残して、職人と共に定年を迎えることとなった。

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