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映画漬け『オペラ座の怪人』

映画『オペラ座の怪人』をようやく観た。
舞台の映画化ってどうも、減ナリすることが多いから、
ワタシ、このミュージカル大好きだから、あえて観なかったの。
でも、観てよかった。
すごく綺麗で、ミュージカルと振りとかも似てて、
音楽がオリジナルと同じだから、満腹。
そして、怪人がかっこよかった。
ワタシ、好きになる人(なった人)の顔って全く興味ないけど、
カッコイイって、いいもん。なんだね。
真夜中に、号泣してた。
やっぱ、とんでもなく悲劇だけど、悲しさが美しい。

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実は、最近。
どうしようもないくらい映画を観たくて、しょうがなくなって、
それで、借りまくって観てるわけだ。

・『オペラ座の怪人』 (どうしようもなく手にとった)
・『娼婦たち』 (ドキュメンタリー構成らしく興味あって)
・『美しい人』 (bunkamuraで観損ねた)
・『タクシードライバー』 (もっかい観たくなった)
・『ティファニーで朝食を』 (ヨーロッパの空気を吸いたくて)

DVD棚を見ながら、
「世の中にたくさんの映画があって、本当によかった」
なんて、しみじみ思ってしまった。
舞台ばかりの日々に満足しているんだけど、
こういう時に映画を見ると、また新鮮。
『娼婦たち』の中で、
「女たちには期限のある『できること』がある、若くないとできないことがある」
っていうシーンがあったけど。
そうなんだよ。今じゃないとできないことって結構あるな。
逆に、今じゃなくてもできることを、今してるものもあるな。
若さって、風みたいに静かに通り過ぎていっちゃうから、
その『今』に鈍感になってしまいやすい。
もっと、その風を肌で感じなくちゃ。

今夜
稽古が終わったら、『美しい人』を見るんだ。

生まれ変わった木の葉のように・・・とか

映画『美しい人』
これは、なんかすごい作品だったなぁ。
私の想像通りの構成だったから、すんなり馴染めたけれど、
どの話も、「美しい人」女性だけど、それは第3者の見えで、
当時者の気持ちに入りこんでみたら、泣けてしょうがなかった。
特に、第2話の「ダイアナ」のストーリーは、なんか圧倒されたな。
こんなことって・・・ありそう。でも、あって欲しくない。
でもちょっとあって欲しい。。。みたいな気持ちの葛藤。
たまらない気持ちになった。
人間的な映画だったな~

清水邦夫 「署名人」 「生まれ変わった木の葉のように」 「楽屋」
3本続けて読んだ。
「生まれ変わった木の葉のように」を気に入っちゃった。
あるカップルの旅人の車がある日、突然アパートの一室に突っ込んで、
そこに住む大学教授の夫と妻、妹との出会いをする。
非現実的だけど、あったらなんか面白そうなストーリーで、
それでいて、寂しい結末に結びついていて・・・
台詞のところどころに、ハムレットの名言や、
マクベスのマクベス婦人の一言、オセローの会話、
三人姉妹のオリガの台詞が出てくるの。
シェイクスピアもチェーホフも私はすごく好きな作品。
どれも正気の沙汰じゃないけれど、人ってそうだよねって思えたり、
言葉の美しさに、本当に感激した。
「言葉」って大切に使いたいなって心から思った。

人って、いつ死んでしまうか分からないよね。
昨日の芝居は、不意に今日真実になって、
今日の真実は、明日うそになっていく。
だから、分からないことばかり。
けれど、分からないから生きていける。
分かってしまっていたら、
私はとっくに死を選んでいたかも知れないって、よく思うもの。


その人のことは、実はよく分からなかったのに、
本棚を見て、そこに村上春樹の本がたくさん並んでいた瞬間。
その人のことをよく分かることができて、すごくスキになったりする。
カラッポだった胃に、満たされた色彩豊かな幸福が流れ込む感覚。
朝陽が眩しくて、自分の目の前に黄色い水仙の花が咲き乱れて、
沈丁花の香りが心地よくてたまらない。
今まで目の前にあった雨雲が晴れていって、
嫌いだった春を好きになれる風が吹く。
ふんわりと晴れ渡る瞬間。淡いけれど水色の空が広く延びて、
暗い冬で凍った滝が、ふいに音を立てて流れ出して、
白く濁った氷が透明に薄く延びて七色に光る時間がくる。
もうすぐ桜の花が咲く。
思い出と、今が調和して、心地よい春が訪れる。
明日には、また雨雲がやってきて、幸福は見えなくなるかもしれないけれど、
今は今。幸福な時間に感謝して、いっぱいに幸せを受け入れるの。
春は嫌いだけど、今は好き。
桜が咲いたら、今年は撮った写真を大きく引き伸ばそう。
そして、額に入れてそれを大切な人にプレンゼントしよう。
狂気のオフィーリアは、春の風を感じて、心地よさに浸っていたせいで
死を選ばなかった。
そんなストーリーがあってもいいなじゃないかしら?
BGMにはカルメンをかけて、思い切り踊るんだ。
「ワタシは生きています」ってね。

アングラな予感

しばらく稽古場が使えないので、区民会館を借りて稽古続行。
役上での恋人?とも、だいぶ慣れて、お酒を飲みに行ってきたの。
私、芝居の中で恋するには、結構普段も好きになれないとできないし、
なんだかイイトコロ探しを毎日している。
もちろん、苦手・・・って人ではなかったし、幸福なことに生理的にも大丈夫だったから、
4月1日までの、儚い恋心を芽生えさせ・・かけている?

さて、なんだかちょっぴりオカシなことになってきているの。
これは、まさかの"寸劇"おでましの予感。
なんだか・・・非常~にアングラっぽーい空気が臭ってきたけど、
大丈夫!?オフィーリア!!
とかなんとか言って、私こういう感じの芝居、スキなんだけど・・・
初めて見る人は、違和感あるのかなぁ。
でも、最近こういう感じの芝居やってるところ少ないし、いいのではない?

昨日は、母が都内に来たので、少しだけ会ってランチしたけれど、
どうやら今回の芝居をだいぶ心配しているみたい。
話をして顔を見せておけば、少しは安心するかと思ったんだけれど、
逆効果だった様子。
「えっ・・・怖い・・・・」
だって。
それはそうだ。
怖いんだよー。誰だってそうです。
出演者全員が抱えている、なんだか抜けない恐怖感。
こんなもの共有した日には、もはや病院の食堂にいるみたいだし。
演出家と話せば、カウンセリングを受けているような気持ちに・・・
でも、心なしか、以前より少し抜けたんじゃないかな。
やっぱり技術スタッフや、観客が入ってくると、
役者だ!感が戻るみたいだね。
それに、台詞が入ったから、家に帰ってまで何度となく台本を読むことも減ったし。
自宅で一人、台詞を繰り返すと、本当に落ち込む・・・・
あと3週間。どうなるのだろう。
寸劇~寸劇~

本と映画と生活をする

風邪を引いた人が多いから、今日は稽古休み。
私に関していえば、至って健康だが・・・

舞台の為に髪型を変えたら、すっかり今までの服が着れない。
なんだかボヘミア~ンな格好をしていれば、それなりだけど、
ますます、オカシイ子度合いが高くなってしまった。
4月になったら、切るもの、いいんだもん。

<本>
村上春樹「神の子供はみな踊る」
シェイクスピア「マクベス」を読んだ。
「神の・・・」は短編が6話入っているけれど、
「かえるくん東京を救う」と「蜂蜜パイ」が面白かった。
最近、暗い本ばかり読んでいたから、「蜂蜜パイ」は、
なんだか光が見えて、ちょっと嬉しい気持ちになったな。
だって、最近は太宰治ばかり。「人間失格」とか読んでいたから・・・・
ストーリーは、くまきちくんとかんきちくんっていうクマのお話を、
沙羅ちゃん(子供)に聞かせるっていうものが中心。
(こんな簡単にしちゃっていいのかな。なんかヒドイなぁ)
即興で作るクマの話を子供にしながら、主人公が自分の生き方や行動を考えていくの。
共感できる同じ体験とか一つもないけれど、なんだかすごく暖かくなった。

<映画>
「メリーに首ったけ」
「ティファイニーで朝食を」
「トンマッコルへようこそ」を観た。
メリーは、どうしょもない位、アホでよかったよ。
真剣に見ちゃダメだけど、考えすぎちゃった時には、いいね。
キャメロンかわいいし。なぜか、次の日に腹筋したくなるよ・・・

ティファニー!好きだなぁ。何度観ても、たまらんねぇ。
ティファニーの前で朝食をガツガツ食べるシーンと、
10セントショップでお面を盗んでかぶって逃げるシーンは最高。
「今日は、一度もしたことがない事だけをしましょうよ!」って言って、
一度もやったことのないことばかりを、デートでするの。
これは、楽しいよね♪私もこういうの大好きだし。
それに、最後は泣けてちゃうし・・・

トンマッコルは、だいぶ前に本で読んだんだけど、
これは、映画の方が断然良かった。
戦争ファンタジー映画っていうのかな。(今つくった)
朝鮮戦争のお話だけど、なんだかフワフワしてて綺麗で。
必ずしも、重い題材を、重く表現しなくても伝わるんだって思った。
私は、トウモロコシの納屋に手榴弾が投げ込まれて、
ポップコーンの雪が降るところと、
爆弾で花火が打ちあがったように見えるシーンが綺麗だなと思った。
でもね、最終的に持つ感想は「くそったれ!!!」って感じかな。
なんか、映像が綺麗なだけに、苦しくなっちゃって。
後に独りじっくりと考えてしまった。
一度でも「死にたい」って思ったことのある自分をなぜか責めた。

今週も本と映画に囲まれて、芝居もやって、仕事も山積みで・・・
いろんなことを、見つめ直してるの。
流れは遅くって、半歩ずつくらいだけど、
地に足つけてんだ。
明日から少しだけだけど、弟を連れて、母が韓国へ帰るんだって。
韓国かぁ~
雪降ってるらしい。
行きたかったな。

集中力を分散させる!!

舞台まで、残り3週間をきった。
まずは、嬉しいお話!
3/31と4/1が満席となった☆(30日はあと20席ちょっと)
当日に20人整理券で入れるように取ってあるみたいだけど、
100人観客だぁ~~~♪
とっても嬉しいの。
観劇申し込みをして下さった方々、本当にありがとうございます!
試行錯誤しながらも、非常に良いメンバーといい関係を作り、
台本に没頭し、清水邦夫の世界にハマリながら、皆、制作を続けています。
何か、ココロに語りかけるお土産が作れますようにと、日々稽古を続けますので、
どうぞ、どうぞ、お楽しみに☆


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さて、これは遊びではないのよ。
この写真の中に(自分も含めて)5人がまとわりついているんだけど、
"集中力の分散"をしているの。
私たちは、バランスボールを取り合っているんだけど、
実は、とってもシリアスなシーンの台詞を永遠続けているの。
台詞は何があっても、絶対に途切れてはダメ!
とにかく、続ける。
そして、意識はバランスボールを奪うことへ持っていく。

本番は何があるか、分からないわ。
相手の台詞が飛んでしまって、会話が途切れてしまうかもしれない。
雷がゴロゴロ鳴って、停電になるかもしれない。
それでも、お客さんがいる限り、舞台の上はシーンが続く・・・・
だから、何があっても会話が続く訓練をしているんだ。
バランスボールの他にも、舞台にはオハジキがツブツブと落ちている。
踏むと、ちょっと気持ち悪くて、集中力がぶっ飛ぶ!
でも、そんなの構わなくなる・もしくは、それも含めて演技が続く。
そうなりたいのさ。
集中して、そして、集中力を分散させる。
人間って、日常ではこれを普通に行っているんだから、すごいね。
むしろ、"たった一つだけをしている"なんてこと、めったに無いんだよね。
(マジメな話しながら、足掻いたりとかするものね)

こうして、舞台の稽古は通し稽古を繰り返していく・・・・
最近は、恋人役ともいい感じの距離を作れているし、
本番まで、この調子で関係を保っていきたいなぁ。
遠すぎず、近すぎず。ドキドキしなくなったら終わりだからね。

メンタル・リハビリ

メンタルリハビリテーションをした。
これは、実際に心療内科で行うリハビリらしくって、
私たちは、役の設定のままで、これを行ったわけ。
「今日は、ボールを受け渡しして、『ありがとう』と言いましょう」
と看護婦さんに言われて、ボールを渡す、もらう「ありがとう」。
この繰り返し。

次に、ある人(患者仲間)に対してなにかしら「ありがとう」を言う。
「一緒に食堂まで帰ってくれてありがとう」
「幻覚症状が出た時に、一緒にいてくれてありがとう」
「ありがとう」って、面と向かって、ちゃんと目を見て言われると嬉しい。
たとえ、それが作りもののお話でも。

最後に「カエルの合唱」を輪唱したの。
私は、恋人役と連弾して、みんなで輪唱~エンドレス!
隣に好きな人と、一つの椅子に座って、
たまにチラッと目を合わせながら、ピアノを弾くの。
ドキドキしながら、本当に顔とか真っ赤になって、熱くなって・・・・
この感じ、この感じ。

メンタルリハビリは、本当に面白かった。
みんな役者なんだけど、役上での関係がハマッてきてるみたい。
患者という意識はないけれど、人間関係は芝居と似てくる。
はじめは違和感があったけれど、どんどん自然になっていって・・・
だから、ちゃんと相手には嫉妬するし、一緒にいればドキドキする。
みんなに「また、いちゃいちゃしてるー」と言われれば、対応に困る。
毎日顔を合わせて会話して、必ず一緒に帰って。
メンバーが決まってから1ヶ月以上経つと、役の関係が自然に継続されていくのね。
まぁ、こんな環境の良い舞台の形っていうのも、珍しいけれど。
芝居染みた芝居にならない方向に、向かっているのかも。
傍から見たら、どこの病院ですか?ってくらい。
なんだか、本当にリハビリを受けてるみたいだった~
へんなの。
あぶない。

はじめての手作り

大学の入試が終わって、ようやく稽古場が落ち着いた。
まずは、1場の通し稽古。
「エロスを出してくれ!」と演出家が言い出して、
エロとエロスの違いについて、熱く語る。
続いて4場の稽古。
ここは特に集中力が必要なシーンだから、怖い。
気が付けば、通し稽古できるのも、あと7回・・・
余裕がない。
夜遅くまでみんなで稽古して、今日も健康だ。

・・・って、今日、ホワイトデーだったんだよね。

こんなにWDのプレゼントをもらったのは、初めてだった。
そして、なによりビックリだったのは、
手作りのお菓子をもらったこと。
生まれて初めて、男の人から、手作りのお菓子をもらった。

よく、考えてみれば、自分があげたことだって小学校以来ない。
美味しかったです。
嬉しかったですよ。
胸いっぱい、腹いっぱいで、夕食いりませんでしたから・・・

稽古場にも、ほら!こんなにいっぱい♪

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手作りのお菓子が2つも!
恋人役の彼は、肉を買ってきてくれた。
鶏肉をむさぼる。
東京バナナをくれた方も。
何気に初。
ひとりひとりに違う味のジャムを買ってきた人も!
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ほんと、ごちそうさまでした。

ドストエフスキーの、『罪と罰』の続きを読みたい。
近頃、ロシア文学にハマる。

人前で泣くコツ

尊敬する中原先生が、「人前で喋るコツ」というblogを上げていた。
たまに司会の仕事をするけれど、私はつくづく向いてない・・・と毎回落ち込む。
人前で緊張しない人が本当に羨ましい。
そんな気分で真剣に読んでいたら、
つい、同じようなタイトルにしてみたくなっちゃった。
私ったら、オコガマシイというか、なんというか。
あらかじめ、ゴメンナサイ・・・って言っておきます。

「人前で泣くコツ」(身勝手なyaya流)
芝居の中で、「ここは泣いて欲しい」と言われたシーンがある。
今回、自分が出る舞台でも、そんな場面があって、
とても良いタイミングで、100人もの前で泣かなければいけない。
限られた時間の中だから、涙スイッチがオンになるタイミングがずれると、間を逃すし、
だからといって入り込みすぎても、観ている人は引いてしまう。
マスターベーション芝居って、温度が一気に冷めてしまうものだし・・・

まずは、涙スイッチをオンにするルート(もしくは引き出し?)作り。
私は今、一日1~2度は、悲しくなくても、なんでもなくても「泣く」時間をつくる。
寝起きに一発、帰宅後もう一発。とにかく泣く!
そして、そのスイッチが入る瞬間をちゃんと記憶。
スイッチは一つだけど、そこにたどり着くまでのルートは幾つもないと危険みたい。
人って毎日気分が違うし、時間帯でもテンションが変わりやすいよね。
前日は1の回路で泣けても、次の日は2の回路でないと高ぶらないということがあって、
泣ける回路を一つしか持っていないと、いざ舞台でそのシーンになった時、
「・・・・・」
「今日は無理らしい」
という状態になって、自分にシラけてしまう。
泣くきっかけは、役の設定上だけで作る必要はないと思ってる。
ジュディス・ウェストン『演技のインターレッスン』という本にも書いてあったけど、
(ディレクターがリザルト演出をしないために書かれた部分を読んだ)
結局、観客が見たいのは作品であって、私個人ではないのだから、
他の要素で泣こうが、相手にそう見えればいいんだよね。
むしろ、オナニー演技になったことで、観客と共感できない方がマズいわけだし。
だから、色んなスイッチをあちこちに作る。

次に、ここで「集中力の分散」を活用。
舞台上は、プラスにもマイナスにも色んな邪魔が入る。
独り部屋で泣くのとは、環境が全然違いすぎる。
照明があたって、観客がジーっと注目してきて、舞台には隠れる場所がない。
もしかしたら、誰かがクシャミして、一気に何していたか分からなくなるかも。
その時のために、「集中力の分散」をして慣れる。
色んな邪魔があっても、最終的には泣けてしまう環境に自分を帰してあげる。
邪魔を無視するんじゃなくて、それを受け入れた後に、環境を再構築する感じかな。

次に、入り込んだら、スイッチはいくつもオンにしない。
スイッチが入って、泣けてきたら、他の回路をオンにして、
泣く要素を増やしても、むしろ邪魔になってしまう。
だから、1つオンになったら、その中に浸け込む、浸け込む。

最後に、それをもう一人の自分がちゃんと客観的に見る。
これが一番、やっていて難しい。
泣けてしまう世界に入り込んだ自分から、スゥーっと幽体離脱するように自分を剥して、
舞台上での自分の姿を、はっきりとイメージする。
(離脱を自由にできる人は、ここで、はっきり見て!)
”間”を間違えていないか?いつ次のシーンにつなげるか?
観客が自分を見て、共感しているかどうかを空気でもって感じる。


こんな感じかな。
・・・こうやって書くのは簡単なんだよ。
人に言うのは簡単。これは、あながち間違った方法じゃないと思うし。
でもね、やるのは難しい。
こんな偉そうなこと書いておきながら、私にはまだ出来てない。
気分によって、できる時と、できない時があるから。

それから、さっき、
観客は作品を観にきているのであって、私個人を見に来てるんじゃないって書いたけど、
唯一、親だけは違うね・・・・
親ってさ、とんでもない所を見ているんだよね。
一番、感想を聞いてガッカリする相手だもん。

あぁ~やだやだ・・・
(両親だけには、観にきて欲しくないと思ってしまう)

でも、
親も入り込める作品になったら、すごいんだろうなぁ。

辛い。

芝居はむずかしい。
混沌とした気持ちが続いてる・・・・
くるしい。
こんなことって、あるんだ。
なんというか、「行き詰まり」。
どしたらいいんだろう。

ちょっぴり、気を取り直して、
衣裳ができた!
一部を公開☆
本番は、これがさらにパワーアップして、色味が美しく並ぶんだs!

doc-eiko.jpg

hana-umi.jpg

ピクニックした。
芝居をする設定に合わせて、森林へ。
外に出て、自然を感じながら演じていると、本当に気持ちいい。
もちよりのお昼を出しながらも、台詞あわせ。
子供がたくさん寄ってきたから、子供にも分かるように、役者は必死で演じてた。
本当の森林に行って、気が付いたことがたくさんあった。
目線を持ってく場所が違うんだ!
森林にいると、目線は広くて、高いところを見ているし、
木々があるせいで、人を探す時に見える位置と、見えない位置があるのね。
声のとどき方、動き方、全てが新鮮だった。

夜は、みんなでお茶飲んで、次に飲みにいって、
どうしょもない、やりきれない気持ちを話しあったの。
演技やら、今後の活動で、前へ進めない感じを外に出して、
ひたすらはなして・・・・
みんな色んなものを抱えてて、
辛いよぅ・・・ってなった。
私は、リアルな芝居が怖くて仕方ない。
だって、演者って、「誰か」になれるから、自分を外に出せるじゃない?
それなのに、自分をさらけ出しているみたいで、
自分自身が嫌う自分を外に出して、分かってくれ!って言ってるみたいで。
そんなことって、酷だってば。

aozora.jpg

それでも明日、また稽古は続く。
あと一週間。
プレッシャーと怖さに耐えなくちゃ。
それれら、あと一週間でこの環境が打ち切りになるっていう、
寂しさを、なんとかエネルギーに変えないと。
殻を壊した自分を見せるのは、辛くって怖い。

蛇にかまれて死ね~!

生のニンジンをボリンボリンかじりながら友人に電話をしたら、
「食べ終わってからかけろ!」と怒られた・・・・
やっぱり固すぎたのがいけなかったかな。

まずは、お知らせから。
清水邦夫の劇世界三部作「草の駅~オフィーリア幻想~」全日程、満席となりました!
そして、来ていただくことになった方へ
当日は、劇場の外で出演者とワラワラおしゃべりできません・・・
休憩室(こ汚い学食だけど)にて、面会可能なので、
私は芝居が終わったら、スキップしながら、そちらへ参ります。
どうぞ、待ってやって、ヒトコト感想など述べてやってください。
以上。

さて、久々に珍獣Mが私の気を害した。
ヒトコト目に「最近、オマエのブログ、面白くない!!!」だと。
咄嗟のヒトコトで「蛇に噛まれて死ね!」と言ってしまったけれど、
こういう奴っているよね。やかましくて、強烈に濃い人間。

人がせっかく綺麗に舗装して、コンクリートを平らにならしているのに、
そこに野良犬がやってきて、ペコペコ足跡つけていくの。
生乾きだったから、そのまま足跡が型になっちゃって、やり直し。
また、コネコネとコンクリート作りだよ。
犬?いや、野良犬じゃないな、野猿か?
私は、お城に飼われている毛並みの良いアメリカンショートヘアなのに・・・
会社の仲間にこの話をしたら、
「君、変態なんだし、自分の勘違いを見直した方が良い」ときっぱり言われた。
しゅん・・・
飼い猫だもん。
かわいい子猫だもん。
いや、ウサギもいいなぁ。
寂しいと死んじゃうもん。(ウソ)

もう、よく分からないけれど、
芝居の途中で、「ウサギぴょんウサギぴょんぴょん☆」って飛び跳ねていたら、
「yaya、、、ちょっ、やだわぁ・・・・大丈夫かしら」だって。
私、誰かが見てると思ってなかったんだもん。
あーやだやだ。
落ちる落ちる。

なんで、こんなになったって?
松尾スズキのエッセイのせいだよ。
『おばあちゃん!それ偶然だろうけど リーゼントになってるよ!!』ってやつ。
珍獣Mにごり押ししてやって、注意も促したけれど、
私ね、本屋さんへ行って、
「カバーをお付けしますか?」って聞かれても、
本を一冊だけ買うってことが少ないから、
その時に、レジでカバー付けを待つ時間が耐えられないのと、
家に帰ってカバーはずして本棚に並べる作業にワジワジするから、
「いや、結構です」って言うのね。
その調子で、今回も「結構です」って答えたわけだけど・・・

初めて、カバー付けてもらわなかったことを後悔した。

電車、恥ずかしいよぉー
ビミョウに大きいサイズの本だから、
隠しようにも、タイトルとリーゼント姿をしたおばあちゃんの写真がはみ出てて、
開くのが苦痛。
開いたら、ネタの嵐でしょ?
笑うな。いけない。笑うな!!って思っても、
「ぬふぅ~」って空気が鼻から出ちゃって、もっと恥ずかしい。
あぁ、こんな本を「ええ、読んでますけど何か?」って言えるような、
ソンナツヨサヲ、ワタシハモチタイ!(宮沢賢治風アレンジ)
あぁ、こんなところが松尾オヤジ臭を帯びてしまってる。
ヘコむなぁ。
もう、どうでもいいや。
こんなblog書いてて、野良猫になったら、どうしよう。
ウサギぴょん。ウサギぴょんぴょん。
蛇に食われて死ね―!!

なはぁ~ゲネプロ終了してついに・・・

ゲネプロ終了。
明日は初日だ!!

・・・それなのに、4場の演出がドドン!と変更。
全く違う形にね。
でも、演出さんの思いつきに賛成してしまった手前、やりますよもちろん。
でもね、台詞が増えて、今覚えているところさ。
役者たちテンテコマイ・・・・
どうなるんでしょう?もう、なるようにしかなりません。

しかし、公開ゲネでは相当笑いが起きていたなぁ・・・
ちょっとビックリした。
まじめに笑う部分だと意識しないで、役に没頭していたけど、
(登場人物にとっては全然笑える事態じゃないから)
けれど、客観的な目線だと、ところどころに笑いが入る舞台だったんだね。
とにかく、役者はピクリとも笑わないことが求められるなぁーと実感。
舞台の神様に魂を預ける!

ガのごとく、照明に照らされて、快感を感じたいね。
そして、昨日、今日のゲネは公開ゲネだから、観客ありでした。
なんというか、やっぱり役者たちは見られ好きなんだね。
みんな楽しんじゃって仕方ない。
ノリ過ぎて、アドリブに戸惑ったりもしたけど。
私もすごく楽しかった。(普通な感想だけどさ)

明日からやっと本番。もう本番。
なんだか、旅行へ行く前日みたいな気分。
旅行って、行く前は、その日が楽しみで仕方ないくせに、
当日の朝になるとパタリと行く気分が冷めて、
家で過ごすことに魅力を感じたりするでしょう?
妙に本とか読んで、家にこもりたくなっちゃうの。
私はどんなに楽しみでもこうなるんだけど、もしや自分だけ?
本番が来てしまうことがちょっとだけ、もったえない気分というか・・・
寂しくなっちゃってる。
でも、おもいっきり楽しむんだ。
ていねいに、ていねいに、台詞を言おう。
むふっ、楽しみだ!

初日終了

清水邦夫の劇世界「草の駅~オフィーリア幻想~」

初日、無事終了いたしました。
来ていただいた方、本当にありがとうございました。
素敵なお花に差し入れまでもらっちゃって、超気分がルンルンっした。
さて、初日は声が吸い込まれたなぁ~
四方にお客さんがいるので、声届かせるの大変!と実感。

そして、後から知った最も恐ろしいできごと。
それは、私の長台詞を言っている目の前に、
清水邦夫先生・・・が・・・・
恐ろしいのが、奥様の松本典子様がお隣に座っていらっしゃること。
あぁ・・・大女優さんの前で、狂ってた。
どう思っただろう。
でも、とりあえず、途中で帰ることがなかったのと、
舞台後はゴキゲンだったらしいので、ちょっとホっとした。

さて、あと2日。
チョッピリ笑えて、引き込まれて、チョッピリ泣ける。
そんな清水ワールドを作りたいですね。

それから、セリフ噛まないようにしなくっちゃ。
ワタシ・・・一番大事なセリフを噛んだの。
誰もが怪我せずに演じられるように・・・これ一番大事だー

私はひとり

風が、自分の中を通り過ぎていく感じを何度味わっただろう。
お腹の中が空っぽで、皮膚を通り越して、風が吹き抜ける感覚。
残されるのは、ただ寂しい寒さだけ。
ワタシが好きになった人たちは、みんな風。
いつも、いつも、いつも、そうなの。
ヒュルルって、一瞬だけワタシの心を躍らせて、
そしてまた去っていってしまう。
楽しかった思い出や、温もりや、後味だけをしっかりと残して・・・・
そして、いつの日からか、ワタシはもう、この感覚に慣れてしまった。
空虚。

舞台の二日目も無事に終了。
芝居全体では、思わぬトラブルがあって、動きがたくさんあったけれど、
たぶん、私自身は、今までで一番うまくいっただろうという実感があった。

照らされた光の下では、なにもかもがうまくいって、
照明が落ちたら、現実に引き戻された。
明るい照明の下にいた分、舞台裏が暗くて、前が見えない。
涙すら、出ない。
こんなにも、寂しい時、正直に寂しいと言えない自分。
永遠に舞台の上で、演じていられたらいいのに・・・・
乗り越えられるのか不安になる。この独りぽっちの寂しさに。
「わたしはひとり」
こんなにも、この言葉が身に沁みることってあるんだな。

ワタシは、自分を演じていないと、生きていくのが辛いです。
そうしていないと、何で自分が人間として生まれてしまったのか、
悲しくて侘しくて、たまらなくなっちゃうから。
明日も、眩しい光の下で、輝く時間を待つことにする。

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